ご丁寧なご挨拶やご相談をいただき、大変うれしい2025年を過ごしております。演出や表現の世界に関わる皆さまと、安心して力を合わせていける機会が少しずつ増えてきたこと、本当にありがたく感じています。
おかげさまで、ご理解のある方や、志の高い方からのお誘いもあり、快適に仕事を進めております。そんなIDC認定インティマシーコーディネーター(ディレクター)のくわた かおるですが、本日は改めまして、いくつかの視点を共有いたします。
現場での違和感から始まった変化
「本人たちに任せれば大丈夫」「俳優なんだから、それぐらい当たり前でしょ」
「できる範囲でやってもらえれば」「まぁ気持ちが乗ったら、その時は流れで…」
かつて映像や舞台の現場で、ごく当たり前に使われていたこうした言葉。
もちろんそこには、一種の配慮やある意味信頼、本人の積極性の尊重の気持ち、何らかの期待が込められていたはずです。
でも一方で、「実はどうしたらいいか分からなかった」「なんとなく進めてしまったけれど、少し、しこりが残った」「仕方ないから、探り探りやった」──
そんな俳優の声や演出サイドの反省や後悔を、私は何度も耳にしてきました。
私自身、よくわからない衣装での露出、不思議なダンス、「即興」と言う名の急な抱きつかれなど、に戸惑った記憶もあります。
しかし、欧米を中心にこの10年間で、こうした現場の変化の兆しが、今、日本でも確かに少しずつ、各所に現れてきています。より多様な価値観をこれまで以上に大切にし、また表現の幅やユニークな発想を無理のない形で、幅広くアクセスできるようにしていくためにも…
ちょうど転換期なのかもしれません。
自己紹介とこれまでの経歴
はじめまして、IDC認定インティマシー・コーディネーター(ディレクター)の くわた かおる と申します。
演技コーチとして20年以上、国内外の舞台、映像、学校教育機関、大学、芸能事務所レッスン、及び個人レッスンや各種クラス開催など、様々な形で俳優や歌手のトレーニングと身体表現と向き合ってきました。
長年、ムーブメント(動き)の設計や振付の仕事にも携わってきた流れから、「インティマシー表現」にも通じる重要性を感じ、2020年から段階的に学びを深めてまいりました。
世界最大の実践団体であるIDCでの履修は2年半ほどかかりまして、2023年にニューヨークでの実践の研修を複数回経て、現在、国内での活動を本格化させております。
インティマシー・コーディネーターとは何をするのか?
そもそもインティマシー・コーディネーター(ディレクター)は、単なる「濡れ場」の担当者だけではありません。確かに、「前貼り」が必要になるような場面のサポートも賜っておりますが、実際に対応しているのは、もっと幅広い身体や感情の交差点に関わるシーンです。
たとえば──
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キス、ハグ、背中をさする、髪をなでるなどの接触
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出産や排泄の演技、またそれらに関連する擬似的動作
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下着の見え方や、ふんどしなどの時代性を伴う衣装での演出
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身体のパーツ(たとえば脚・胸・首など)がクローズアップされる構図
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俳優同士が密接に接触する長回しの演技
これらのシーンにおいて、「演出家の意図をより正確に伝える」「俳優が身体的に安心できる状態を保つ」「関係者間で共通の理解を持って現場に臨む」──
そういった下地を整える役割を担うのが、私たちの仕事です。
キスシーン1カ所だけだから、俳優たちに任せれば良いといういわば、昔の考えは少々乱暴ではないでしょうか。
また姿勢によっては違和感があったり、いくらフィクションの世界であっても、現実の人間関係を考慮したときに、いくらその世界に「没入している」からといって、誰の身体のパーツがどこにあるか、気になる場面も生じます。
本人たちがいいと言ってるから、気にせず、下着のシーンもただ監督や演出家が演出するだけ、これも実際には、様々な人間関係及び立場を鑑みて、構造を見直した時、「本人が『いい』と言った」ことが、実際にはそれ以外に言えなかった、言っても何かが改善されるとは思えなかった状況が先にある場合も。
必ずしも性愛に関連した表現だけでなく、距離が近くなるシーンでは、アクションと同じように、またダンスと同じように振付や事前の打ち合わせが重要になってきます。
例えば、俳優や歌手の方の「触られるのは構わないけど、触りたくない」(逆も然り)
「接触するのが、数回は仕方がないが、繰り返したくはない」という感じ方も尊重されているのではないでしょうか。
なぜ「第三者の設計」が必要なのか?
大前提として、インティマシー・コーディネーター(ディレクター)は「現場の誰かを疑っている」わけではありません。
むしろ専門をお互いに認め、信頼し合うために、前提条件を整理する。
過剰に、個人が常に「気遣いしなければ」と背負わなくても済むように、ということです。
言葉にして、また書面などでの確認の文化をつくることで、「今、どこまでやっていいのか」「何を、どう撮りたいのか」「何が本人にとって大丈夫なのか」、「自分の立場から見ているが、相手はどう感じるか」、「欲しい演出効果のためにできること・できないこと」を、無理強いすることなく、すり合わせていきます。
その結果、監督や演出家が本当にやりたい「演出意図」が明確になり、俳優が余計な心配をせず、演技に集中できるようになります。またスタッフも兼業したり、「配慮」をただ求められたりするのではなく、ご自身の専門に集中することができます。
私自身、「前々から気になってたけど、今回はヘアメイクに集中することができた」、「(かおるさんが)見てくださっていたから、衣装だけに心を砕けば良くなったから安心だった」などのお声をいただいております。
安心が、演出の密度を上げる
演出家/監督からすれば、「これが欲しい」と思う映像や表現を、限られた時間とリソースの中で撮らなくてはなりません。また必ずしもその意図や理由が表現しづらい、伝えにくいと言う場面もあると思います。
その際、俳優が遠慮や不安から身体を縮こませてしまえば、どうしても求めている密度や質感が出づらくなります。かといって無理して「リラックスしているふり」をしたところで、解決は難しい。
そんな時、アクションのシーンにアクション監督や武術の先生が入るように、インティマシーのシーンに、インティマシーのプロが入ります。
台本を読み込み、演出と相談し、必要な振付をし、リハーサルに立ち会い、撮影や公演を見守ります。必要に応じて、調節をいたします。
実際、第三者であるインティマシー・コーディネーター(ディレクター)がリハーサル段階からいることで。俳優や歌手が「この時間は安心して演じていい」と分かれば、大胆な表現や繊細なタッチにも挑戦しやすくなります。
それは結果として、「撮れ高」や「編集の幅」「効率」に直結していくのです。
この流れも、時代劇で「チャンバラ」のシーンがあったときに「殺陣師」という専門家を頼むことで、そのシーンがよりかっこよくなったり、役の人物たちの性格がや状態が際立ったり、話題になる、またストーリーの中で重要な時点になることもあり得ます。
原則的に、演出を邪魔したり、俳優に何かを矯正するものではありません。
小さな構造へのステップが、現場を変えつつある
ありがたいことに、最近では俳優や監督以外にも、衣装・ヘアメイク・カメラ、照明の方々からも、
「こういう段取りにしておけば、くわたさんが動きやすいのでは?」と、事前に気を回してくださることも増えてきました。
また監督やプロデューサーから、
「今回は演出上こうしたいが、どう伝えるとスムーズか相談したい」といったご相談もいただいております。
こうした姿勢を目にするたび、少しずつですが、日本の映像や舞台の現場も確実に前に進んでいることを実感します。
多様な現場に対応しています
私のサポートは、必ずしも長編映画、商業映画やテレビドラマ、演劇公園に限りません。
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インディペンデント映画
- ミュージカル作品
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学生作品・舞台の発表会
- オペラ作品
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ワークインプログレスの上演
- 映画監督による教育的なセミナーやレクチャーのゲスト
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映像演技のワークショップ
などでも、ご相談いただいています。
特に、これまでの俳優や歌手の方の演技指導や身体表現のバックグラウンドを生かした「個人のバウンダリーを考える」取り組みや「コンタクト」ワークのエクササイズなども、現場の振付やサポートとは異なりますが、好評です。
現場の規模やジャンルにかかわらず、ちょっとでも気になる描写やシーンがありましたら、「まず相談してみよう」と思っていただけたら、とても嬉しいです。
最後に──演出と信頼のために
インティマシー・コーディネーター(ディレクター)は、「気をつけましょう」「思いやり」という心構えだけではカバーしきれない領域を、構造として整えるための職能です。
特定の感じ方を中心に、「優しさ」や「配慮」を一方的に押し付けることも、実は害があるのではないかと思います。ですから第三者であるインティマシー・コーディネーター(ディレクター)を配置し、特定の個人に負担や責任が集中しすぎないよう分散させることも構造として重要です。
性愛的な表現や、距離が近くなる親密さのシーンも、殺陣やダンスと同じように、「動きと同意の設計」を丁寧に扱うことで、演出意図を際立たせ、俳優の演技を引き出し、全体の安全と密度を両立させます。
もし現場で少しでも「こういう場面がありそう」「ちょっと引っかかってる」「これはセンシティブな題材?」と感じたら、どうぞお気軽にご相談ください。
ジャンルを問わず、様々な作品づくりの中で、信頼と安心の小さな橋渡しができれば、それ以上に嬉しいことはありません。
こちらの記事も、お役に立ちましたら幸いです。
どんな些細なことでも構いませんので、どうぞお気軽にお声がけくださいませ。