いわゆるインティマシー、接触・親密表現を含む作品では、事前に確認すべきことがあります。
身体の接触、距離、衣装、露出の範囲、画角、リハーサルの有無、撮影や上演時の条件。
こうした項目を確認することは、とても重要です。
ただし、確認項目を知っていることと、その場面を稽古や撮影の現場で成立させることは、同じではありません。
インティマシー・コーディネーター/ディレクターの仕事は、ただチェックリストを埋めることではありません。これは、映像・舞台ににかかわらず共通なのですが、
台本上の表現を、俳優、監督、演出家、プロデューサー、制作、衣装、撮影、舞台スタッフが実際に使える情報へ変換し、現場で再現できる形に整理することです。
親密表現の確認は、項目を知っているだけでは足りません
親密表現を含む場面について調べると、確認すべき項目がいくつも出てきます。
接触の有無。
露出の範囲。
衣装や保護衣装。
カメラや客席からの見え方。
リハーサルの必要性。
本人が事前に合意している条件。
これらを知ることは、もちろん必要です。
しかし、項目を知っているだけでは、現場ではまだ使えません。
大事なのは、その項目を、いつ、誰に、どの順番で、どの言葉で確認するのか。
確認した内容を、誰に共有し、どこに記録し、変更が起きたときに誰が判断するのか。
そして、その判断を、俳優、監督、演出家、制作、衣装、撮影、舞台スタッフがそれぞれ使える情報にできているかです。この基準作りが、ただの知識ではなく、実践に基づいたものである必要があると私は考えています。
いわゆるインティマシー・親密表現の確認、センシティブな部分を含むリハーサルや稽古、撮影、公演は、ただ質問票を渡して終わる仕事ではありません。(これはヒアリングも同じです。)
確認項目を、現場で機能する判断の順番へ変換する専門職の仕事です。
同じ台本を読んでいても、職能によって見ているものは違います
同じ台本を読んでいても、俳優、監督、演出家、プロデューサー、制作、衣装、撮影、舞台スタッフが見ているものは同じではありません。
俳優は、人物の行動、目的、関係性、身体の状態を読みます。
監督や演出家は、作品全体の構成、演出意図、リズム、画や舞台上の見え方を読みます。
プロデューサーや制作担当は、予算、スケジュール、契約、現場体制、実現可能性を見ています。
衣装、撮影、照明、舞台スタッフも、それぞれの専門性から台本を読みます。
訓練を積んだインティマシー・コーディネーター/ディレクターも同じです。
台本、ト書き、キャスティング情報、衣装や撮影に関する共有事項、メールでの業務連絡、稽古場でのちょっとした言い回しまで、インティマシーの専門職として読み取ります。
たとえば、台本に次のような表現があったとします。
- 相手を抱き寄せる
- 二人はベッドへ移動する
- 服に手をかける
- 身体を重ねる
- 親密な時間が流れる
これらの言葉だけでは、現場で必要な情報はまだ足りません。
どの距離から始まるのか。
誰が動き始めるのか。
どの身体部位が、どこに触れるのか。演出の意図は?
どの程度の力がかかるのか。繰り返し可能なのか。
衣装はどこまで動くのか。解釈と合っているのか。
カメラや客席から何が見えるのか。見えないのか。
どのくらいの時間続くのか。
何回繰り返す可能性があるのか。それはどこでやるのか。
変更が必要になったとき、誰に再確認するのか。
同じト書きでも、職能によって想像している場面は違うことがあります。
だからこそ、台本上の言葉を、現場で共有できる動きと判断へ変換する必要があります。
ここを省略してしまうと、悪意はなくとも、後々トラブルやあらぬ誤解につながりかねません。
また、本当に感じ方、解釈の仕方は人それぞれですので、その確認にも少々お時間や手間がかかると今でも思います。
確認項目を知っていても、インティマシーの専門職は兼任できません
センシティブな題材、身体の部位の露出、接触、親密表現に関する確認項目を知ると、「これなら制作側や演出助手が確認できるのではないか」と考える方もいるかもしれません。
限られた予算や時間の中で作品を成立させようとするプロデューサーや、現場を少しでも円滑に進めたい演出助手が、善意で「自分が確認します」と考えることもあります。
しかし、確認項目を知っていることと、インティマシー・コーディネーター/ディレクターとして専門判断を行うことは別です。
監督、演出家、プロデューサー、制作担当、演出助手、助監督が、インティマシー・コーディネーター/ディレクターを兼任することはできません。
これは、誰かの誠実さや能力を疑う話ではありません。
気持ちの問題ではなく、職能が違うからです。
アクションが含まれる作品で、監督がアクション監督の代わりを務められるとは通常考えません。
殺陣が必要な場面で、演出助手が殺陣師の代わりを務められるとも考えません。
それは、動きの安全性、再現性、見え方、俳優への伝え方、稽古の進め方に、専門職としての判断が必要だからです。
インティマシーの場面も同じです。
身体接触、距離、衣装、画角、露出、俳優の条件、当日の変更、繰り返しの撮影や稽古を、作品として成立する形に整理するには、専門職としての読み取りと判断が必要です。
確認項目を知っている人がいればよいのではありません。
台本、業務連絡、現場の条件、俳優の合意範囲、変更時の判断を、専門職として読み取り、必要な部署に共有できる形へ整理する人が必要です。
確かに、私が芸能事務所に所属していた子ども時代、またイギリスで、演劇学校に通っていた頃も、まだこのような職業は一般的に知られていませんでした。
ですから、演出家が兼任したり、衣装やヘアメイクの方がやってくれたり、先輩が肩代わりしてくれたりということもありました。ただ、時代は変わってきており、欧米はもちろん、日本だけでなく、世界各地で、そのような潮流が動いております。
兼任すると、一人の人に権限が集まりすぎます
もう一つ、インティマシー・コーディネーター/ディレクターを兼任できない理由は、専門知識だけではありません。
確認する役割と、演出・進行・評価・予算を動かす役割が重なると、一人の人に権限が集まりすぎるからです。
親密表現の確認で重要なのは、何を聞くかだけではありません。
誰が聞くのか。それをどこでやるのか。
その人は、俳優に対してどのような立場にいるのか。
俳優が変更や再確認を申し出たとき、不利益を心配せずに言える関係になっているのか。
ここを見落とすと、確認は形式上行われていても、実際には機能しません。
監督や演出家は、演出上の要求を出す立場です。
プロデューサーや制作担当は、予算、スケジュール、契約、進行を管理する立場です。
演出助手や助監督は、演出部や現場進行を支える立場です。
その立場の人が同時に確認役を担うと、どれほど誠実であっても、確認する側に権限が集中します。どんなに善良な動機があったとしても、事実は覆せないのです。
俳優にとっては、「相談してよい相手」であると同時に、「要求を出す相手」「進行を止めたくない相手」「今後の現場に影響するかもしれない相手」になってしまいます。
その状態では、本人が納得しているかどうか、変更を申し出られるかどうか、確認内容を本当に理解しているかどうかを、対等な条件で確認することが難しくなります。
これは、個人を疑う話ではまったくありません。
多くの場合、良かれと思って、様々な方が協力的です。しかし、ここで問題になるのは、実際、現場の中で、どこに権限が集まり、誰が断りにくくなり、どこで判断が見えにくくなるのかを見る、構造の話なのです。
センシティブな題材、接触、親密表現の確認には、専門性だけでなく、第三者性が必要です。
兼任は、俳優だけでなく本来の担当者の仕事も難しくします
兼任の問題は、俳優側の断りにくさだけではありません。
兼任する本人の、本来の仕事も難しくなります。
プロデューサーは、本来、作品全体の予算、契約、制作体制、日々の進行まで見ています。
監督や演出家は、作品の方向性、あらゆる演技、様々な構図、全体の表現のあちこちまでを見ています。
演出助手や助監督は、演出部や現場進行を支え、細かく必要な情報を整理し、さらに場を動かす役割を担っています。
その方が同時にインティマシーの確認役を担うと、本来見なければならない範囲と、第三者として確認しなければならない範囲が重なります。
すると、進行を優先すべきなのか、演出意図を優先すべきなのか、俳優の合意範囲を再確認すべきなのか、判断の軸が混ざりやすくなります。
これは、ご本人の能力や誠実さの問題ではありません。
一つの現場で、異なる性質の判断を同じ方に集めすぎると、どちらの仕事も果たしづらくなるという構造の問題です。
だからこそ、インティマシー・コーディネーター/ディレクターを別に置くことは、俳優のためだけではありません。
監督、演出家、プロデューサー、制作担当、演出助手、助監督が、それぞれ本来の仕事に集中するためにも必要です。
台本段階の確認と、現場での判断は別です
台本段階では、親密表現に含まれる要素を確認します。
しかし、台本段階で確認した内容が、稽古や撮影の現場でそのまま実施されるとは限りません。
映像作品では、セット、衣装、カメラ位置、レンズ、照明、俳優の立ち位置、撮影回数、演出上の要求が変わることがあります。これは皆さんご存知と思います。
舞台では、装置、衣装、動線、客席からの見え方、テンポ、出演者の組み合わせなどによって、稽古中に場面の設計が変わることがあります。地方公演先で、びっくりすることもあります。
一つひとつは小さな変更でも、複数が重なることで、接触の範囲、身体の見え方、俳優に求められる動きは変化します。体調が変わることもあるでしょう。
そのため、台本段階で確認したことと、現場で実際に起きていることの差を見る必要があります。
事前確認は、現場判断を不要にするものではありません。
事前に設計した内容を、実際の条件に合わせて成立させるために、現場判断があります。そしてそれは、数名の方が全てを担う形では非常に難しいのです。どんなに有能な方であっても、お気持ちが全員に満ちた方であっても、構造上、アンバランスになってしまうのです。
「共有したつもり」では、現場で使える情報になりません
関係者の誰かが知っていることと、必要な方へ必要な形で共有されていることは別です。
非常に難しいのですが、単純なうっかりミスのほか、制作側は俳優へ伝えたつもりだった。
いろいろなバックグラウンドがあって、俳優は衣装担当も知っていると思っていた。
それこそ、監督は撮影部まで共有されていると考えていた。
どなたであってもよかれと思ってということが本当にあります。
衣装や撮影は、どこまでが本人の合意範囲なのか共有されていなかった。
何かあれば、その場で確認すれば良いと考えていたところがあった…。
このような認識の違いは、誰かが不誠実だから起きるとは限りません。
担当領域が分かれている現場では、情報が途中で止まったり、それぞれが異なる意味で受け取ったりすることがあります。
必要なのは、「全員に伝えました」という抽象的な共有ではありません。
次のような流れを明確にすることです。
- 誰が、何を確認したのか
- その情報を、誰に共有する必要があるのか
- 確認内容を、どこに記録するのか
- 変更が生じたとき、誰が判断するのか
- 変更後の内容を、どのように再共有するのか
- 当日追加された動きは、どの範囲まで確認済みと見なせるのか
確認内容だけでなく、確認と判断の流れまで整理されて、初めて現場で使える情報になります。
私自身、初めてアメリカで研修した時に、説明や確認が多くて、みんなで苦笑いしてしまった記憶があります。ただその分、その後のシーンに取り組んだ時、コミュニケーションがスムーズだったのを覚えています。そういうことなのか…と、専門家を目指していたにもかかわらず、後から納得した次第です。それぐらい少し考え方を変える必要があるのです。
現場で見ているのは、合意した内容と実際の条件の差です
インティマシー・コーディネーター/ディレクターが現場で見ているのは、俳優の表情や雰囲気だけではありません。
事前に共有された内容と、稽古や撮影で実際に求められていることの間に、どのような差があるかを見ています。
たとえば、次のような点です。
- 距離が変わっていないか
- 接触する場所が変わっていないか
- 接触の強さや長さが変わっていないか
- 衣装や保護衣装が予定どおり機能しているか
- 画角や客席からの見え方が変わっていないか
- 俳優の事前条件と実際の動きが一致しているか
- 当日追加された動きが、共有済みの範囲に収まっているか
- 撮影や稽古の回数が増えたとき、再確認が必要か
「台本に書いてあった」「事前に共有した」というだけでは、現場で起きた変更まで自動的に確認済みにはなりません。
変更が起きたときに、何を確認し、誰に共有し、どこで判断するのか。
そこまで整理されていることが重要です。
また疲れていたり、急いでいる、体調や人間関係など、どうしても他に気になっている事柄があると、なんとなく曖昧になってしまう、後回しになってしまうのも事実。
そこを少しでも補う意味合いでも、専門家の立場は重要だと思います。
インティマシーの専門職は、後から説明する人ではありません
インティマシー・コーディネーター/ディレクターは、問題が起きた後に、何が起きたのかを説明するだけの仕事ではありません。
企画や台本の段階で場面を読み、必要な確認事項を整理する。
ここで、そういうことか、とスッキリされる方も多いです。
体制設計のミーティングで、誰が何を担当するかを明確にする。
俳優の条件と演出意図を踏まえ、接触や動きを振り付ける。
「1人では行けないところまで行けたと思う」とおっしゃってくださった監督の方もいらっしゃいます。
リハーサルで実際の身体、衣装、セットを使って調整する。
撮影や本番の現場で、変更された条件と事前の合意内容を照合する。
この一連の仕事によって、台本上の情報を、現場で再現可能な形へ変換します。
誤解しないでいただきたいのですが、確認項目を増やすことが目的ではありません。
必要な判断が、必要な人へ移動し、同じ場面を繰り返し成立させられる構造を残すことが目的です。
事前から整理することで、作品と進行の両方が整います
親密表現を具体的に設計することは、表現を小さく・弱くすることではありません。
演出意図を、俳優が迷わず実行できる動きに変えることです。
だから周りもヒヤヒヤせず、集中できます。
必要な情報が早い段階で整理されていれば、衣装、撮影、照明、舞台、制作も同じ場面を準備できます。
その結果、直前の認識違い、確認のやり直し、動きの変更、撮影や稽古の停止を減らすことができます。
結果として、関係者が不安を抱えたまま進める状態を減らすことにもつながると感じています。
俳優は毎回条件を探り直すのではなく、人物と演技に集中できます。
監督や演出家は、親密表現の確認だけに時間を取られず、作品全体を見ることができます。
制作側は、直前の大きな調整や共有漏れによる進行の乱れを減らしやすくなります。
実地でトレーニングされたインティマシー・コーディネーター/ディレクターを入れることは、誰かの善意を疑うことではありません。
それぞれの専門職が、本来の仕事に集中できるようにする現場設計です。
台本段階からご相談いただけます
映画、テレビ、配信作品、舞台、ミュージカル、オペラなどで親密表現を扱う場合、詳細がすべて決まってから依頼する必要はありません。企画の段階でも歓迎しております。
台本やプロットを読んだ段階で、「この場面では何を確認する必要があるのか」「どの部署と共有すべきか」「現場立ち会いが必要か」と迷っている時点からご相談いただけます。
ただ具体的であるほど、話がスムーズですので、いくつかご質問などもさせていただいております。
台本段階の事前相談、体制設計ミーティング、俳優へのヒアリング、接触や動きの振付、リハーサル、撮影・上演現場への立ち会いまで、作品に必要な関わり方を整理します。
親密表現を含む可能性がある場面について、企画、台本、演出案の段階からお問い合わせください。
台本段階の事前相談、体制設計ミーティング、俳優へのヒアリング、接触や動きの振付、リハーサル、撮影・上演現場への立ち会いまで、作品に必要な関わり方を整理します。
具体的な場面がまだ固まりきっていない段階でも、台本、プロット、演出案をもとに、どのような確認や体制設計が必要かご相談いただけます。
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