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接触シーンの「準備」と「バウンダリー」 演技の自由度を上げるための前提づくり

秋にインティマシー・コーディネーター(ディレクター)としてご指名いただいていた作品がポスプロに入り、ますます期待が高まる鍬田かおるです。

さて、本日は、ジャンルを問わず、何かと気になるバウンダリー(境界線)についてです。

簡略な説明になりますが、必要な方の健やかな理解へのスタート地点になれば幸いです。

接触シーンの演技とバウンダリーの基礎

即興・振付・合意形成をどう整えるか、これは映像であっても舞台であっても共通だと思います。

バウンダリーは俳優それぞれで異なり、状況によっても変化する

接触を伴う演技は、俳優のコンディションや経験、価値観、役の背景、作品のテーマなど、多くの要素の影響を受けます。
触れる範囲や距離、速度、温度といった身体的な要素も変動しやすく、ひとつの基準に当てはめられるものではありません。

何が良い、何が悪いということではなく、固有の感覚、それぞれの事情があると言うことです。

さらに、同じ俳優でも、別の作品では感じ方が変わることがあります。
五年前に大丈夫だったことが、今年も同じとは限りません。

ここは丁寧に、事前に台本の時点で棚卸しができた方がトラブルも少なくなります。
極端な話、もし別作品でセミヌードを演じた俳優でも、今回の役柄や文脈では意味が変わることがあります。こうした変化は自然なことで、俳優の弱さや覚悟の問題ではありません。
本人が認めるかどうかもありますが、様々な状況によって感受性や認識及び意味付けが変化するため、接触シーンではバウンダリーを丁寧に整理し、事前に共有することが大切になります。

例えば、「この人間関係で、このように自分の身体の1部が映る事は構わないが、この物語の、この文脈では、私は抵抗がある」と発言できる余白が必要なのです。

即興の演技を成立させるためには、事前の準備が必要になる

ダンスやアクションが自由に見えても、その裏側には振付や共有された前提があります。ルールがあってこその即興、正しくそこはスポーツに似ているかもしれません。
接触を伴う動きが行き当たりばったりで成立することはありません。また成立して大丈夫だったかに見えたところでも

・本当は嫌だった

・今思い返せば怖かった

・人間関係で言い出せなかった

・やっぱりあのシーンを削って欲しい

…こういった話もちらほら。

一見、自由に見えるインティマシーのシーンほど、事前のヒアリングや触れる範囲の確認、動きの整理が欠かせません。

これはアクションや殺陣とほぼ同類です。

準備が整っているほど、実際、俳優もスタッフも自分の専門に注力できます。
演出家や監督が求める演出の効果・ニュアンスも的確に再現され、作品全体の質が向上します。

即興を否定するのではなく、限られた時間内で、内容に即した、ルール内での安全な即興を成立させるための準備を整えることが重要です。

振付がない接触は、振付のないパンチと同じ構造を持つ

パンチやキックが安全に見えるのは、距離や速度、角度、タイミングが共有されているからです。だからこそ、効果が上がる。かっこよく見えたり、キレが良くなったり、現実以上のパワーが、ストーリーの中に組み込まれる。どれかが曖昧になると、再現性が下がり、負荷が高まります。心配している方、躊躇してる方、そういった方が混ざっているだけで、解像度が上がらない。

インティマシーのシーンも同じ構造で成立します。
キス、ハグ、寄り添う動き、絡む動作などは、距離やタイミングが少しでもぶれると、俳優に心理的・身体的な負荷がかかります。また繰り返してるうちに疲れてしまうことも。これは根性などの精神論ではなく、「何がどう見えているかわからない」、「つい遠慮しすぎてしまい、曖昧になる」、「無意識だけど、なんとなく構えてしまっている…」といった枠組みの不明瞭さにも起因します。

振付があるから俳優はよりのびのびチャレンジも可能になり、また集中でき、振付があるからこおs、演出意図が明確に伝わります。
信頼と安全のための振付であり、演出と効果のための振付でもあります。

雰囲気任せの接触が危険になる理由

自然に見せることは大切ですが、雰囲気だけで進めることとはまったく別のプロセスです。

雰囲気任せで進むと、俳優は安全を確かめることに意識を取られ、呼吸や身体が本来の自由さを失います。
役への没入や想像力にも影響が出て、表現が浅くなることがあります。言葉でごまかそうとしたり、雑談やプライベートのコミュニケーションでバランスを取ろうとしてしまうことも。しかも、これが無意識の場合も多いのです。

安心して演じられる前提があるから、俳優はのびのびと表現できます。人によっては、大いにチャレンジ精神が湧いてくると言う方もいらっしゃいます。
共有された枠があるから、演出意図が深く伝わります。だからこそ、なんとなくのニュアンスや雰囲気ではなく、構造と共有を整えることが必要です。

バウンダリーの共有は、演出と俳優双方にとって大きなメリットになる

前提が共有されている現場は、俳優が安心して役に向き合いやすくなります。

例えば、首の後ろを触られるのは苦手だけど、肩は大丈夫ですという方がいても良い。ではどのように成立させるのか。

上半身は気になるけど、足の絡み合いは、面白く使える気がする。ではどういう順序で、テンポで、リズムで、強さで、動かすか。

監督や演出家の求める効果や欲しい絵、想起させたいイメージも安定して立ち上がり、再現性や解像度が高くなります。動きに質を伴わせることも可能性が広がります。

バウンダリーの整理は演出の邪魔ではなく、演出の自由度を上げるための土台です。また円滑かつ無理のないコミュニケーションの役にも立ちます。

例えば、事前に、「私はこのグラスの別の方との共有はできない」とわかっていれば、適切なタイミングで別のグラスに変えることも可能でしょう。

腰に手を添えられる事は構わないが、くすぐったくなってしまいがちなので、逆に遠慮せずに、しっかりとコンタクトしてほしいとわかっていた方が、相手の負担も軽いものです。

つまり「何を・どこまで」が整うことで創造性も高まり、作品全体の質を向上させていきやすくなるのです。

インティマシー・コーディネーター(ディレクター)がサポートできること

インティマシー・コーディネーター(ディレクター)は、俳優、監督、演出、制作に寄り添いながら、接触シーンのバウンダリー整理と動きの設計を行います。

単なる安全管理ではなく、俳優がのびのびと演じ、演出の意図を活かすための表現設計を担います。

・キスやハグ、いわゆる絡みなどの接触シーンの整理
・決められた時間内での、動きの再現性の確保
・当事者同士及びスタッフとの合意形成のサポート
・リハーサル及び稽古の進め方の提案や監督
・バウンダリーに関する研修
・必要に応じた制作との連携

これらが安全と創造性の両立につながります。

お問い合わせ

映像・舞台を問わず、バウンダリーに関するご相談を承っています。
稽古の進め方、リハーサル設計、合意形成、現場導入に関する研修やセミナーも可能です。

DMまたはメールからご連絡ください。
kaoru@intimacydirector.jp

他にもこのような記事を掲載しております。お役に立てましたら幸いです。

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Kaoru Kuwata

演技指導歴20年以上。ムーヴメント専門家・アレクサンダー・テクニーク指導者としても、プロの俳優や歌手、ダンサーの身体表現を幅広くサポート。 現在は、ニューヨークでの実地研修を経て、IDC認定インティマシー・コーディネーター(ディレクター)としても活動中。 舞台・映像・教育現場など、多様な現場における“演出の意図”と“俳優の安心”を両立するため、動きの整理と振付を通して現場を支えています。 ブログでは導入事例や現場での変化も発信中です。 映画監督・演出家・俳優の皆様に向けたお役立ち情報をシェアしています。現場に必要かどうか、まずはご相談ください。